レガシーシステムという名の共犯関係 - 25年前のシステムが今も稼働する日本の現実

レガシーシステムの闇 公開: 2026.05.05
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レガシーシステムという名の共犯関係 - 25年前のシステムが今も稼働する日本の現実

2025年の崖を前に、なぜ誰も本気で変わろうとしないのか

25年前のグループウェアが今も現役で稼働する国

とある知人から聞いた話がある。 25年前に開発されたグループウェアが、今も自宅の自作サーバーで動き続けているという。 FLET’S回線とタワーマシンという、まるで2000年代初頭で時が止まったかのような環境で、複数の企業や団体がこのシステムに依存している。

開発者は一人。 20代で起業し、今は50歳前後。 東日本大震災の計画停電でシステムが止まったこともあるが、それでも顧客は離れない。 なぜなら、月々の利用料は安く、「今まで問題なかった」からだ。

一人が食べていけるだけの売上があり、顧客も現状に満足している。 まさに「ゆでガエル状態」の典型例だ。

「2025年の崖」という空虚な警告

経済産業省は2018年、「DXレポート」で衝撃的な数字を発表した。 レガシーシステムを使い続けることで、2025年以降、年間最大12兆円の経済損失が発生するという「2025年の崖」だ(経産省 DXレポート 2018年9月7日)。

しかし、この警告から6年以上が経過した今、何が変わっただろうか。 2020年に公表された「DXレポート2」によれば、約8割の企業が依然としてレガシーシステムを抱え、9割以上の企業がDXに「全く取り組めていない」または「散発的な実施に留まる」状態だった(経産省 DXレポート2 2020年12月)。 直近の「レガシーシステムモダン化委員会総括レポート」(2025年5月公表)でも、いまだ61%の企業でレガシーシステムが残存しているという(経産省 2025年5月28日)。

警告は発せられた。 しかし、誰も本気で耳を傾けていない。

大手も中堅も、みんな同じ穴の狢

この問題は小規模事業者だけの話ではない。 中堅SIerでは、COBOLやVBといった古い言語を扱える技術者は高齢化し、若手は誰も学ぼうとしない。

なぜCOBOLを学ぶ若者がいないのか。答えは簡単だ。金にならないからだ。レガシーシステムの保守は、新規開発に比べて単価が低く、キャリアパスも見えない。誰が好き好んで、将来性のない技術に時間を投資するだろうか。

本来なら、90年代にこの問題に手を付けるべきだった。当時ならまだ、70年代にシステム開発をしていたエンジニアが現役だった。彼らの知識を活かして、計画的な移行ができたはずだ。しかし、バブル崩壊後の日本企業は投資を控え、「動いているシステムに手を加える必要はない」と先送りを続けた。その結果が、今日の負の遺産だ。

経産省「IT人材需給に関する調査」(2019年4月)の試算によれば、IT人材不足は2025年までに約43万人に達するとされている(経産省 IT人材需給調査 概要)。 そしてその少なくない割合が、レガシーシステムの保守・運用に割かれている。 貴重な人材が、過去の遺物の延命措置に費やされているのだ。

共犯関係という名の心地よい停滞

なぜこの状況が続くのか。 それは、事業者と顧客が作り出す「共犯関係」にある。

事業者側は「顧客が使い続ける限り、システムを維持しなければならない」と言い、顧客側は「今まで問題なかったから、高いコストをかけて刷新する必要はない」と言う。 両者とも変化のリスクを恐れ、現状維持を選択する。

公平を期せば、稼働中のシステムを置き換えること自体が容易ではないのは事実だ。 業務に組み込まれた仕様の暗黙知、移行期間中の二重運用コスト、現場のオペレーション再教育、データ移行の整合性検証 — どれも軽い負担ではない。 「動いているなら触るな」というエンジニアの古い格言にも、それなりの根拠がある。 だからこそ本来は、段階的な移行計画と長期的視点が必要だった。 しかし、その計画にすら誰も着手しないまま、20年以上が過ぎてしまった。 これが共犯関係の本質だ。

この関係性は、まるで互いに首を絞め合いながら「でも、今は息ができているから大丈夫」と言い合っているようなものだ。

世代交代という名の技術断絶

私自身、90年代に開発したソフトウェアを15年以上メンテナンスし続けた経験がある(筆者プロフィール)。 「ソフトウェアの介護」とでも言うべき、終わりの見えない保守作業。 ピーク時にある大手企業から買収オファーがあったが、若さゆえの過信で断ってしまった。

今思えば、あれが最後のチャンスだった。 その後、会社は清算、個人破産に至った。

同じような運命を辿る事業者は、これから続出するだろう。 50代、60代の開発者が引退すれば、そのシステムは「孤児」となる。 引き継ぐ者はいない。 学ぶ価値もない古い技術に、若者が時間を費やすはずがない。

DXという名の幻想

「2025年の崖」への対策として、政府も企業も「DX」を叫ぶ。しかし、その実態はどうか。 多くの場合、単なるレガシーシステムのクラウド移行や、見た目だけのモダナイゼーションに終わっている。

本質的な業務プロセスの変革や、ビジネスモデルの転換には至らない。 なぜなら、それは痛みを伴う変化だからだ。 誰もが痛みを避け、表面的な対応で済ませようとする。

この姿勢は、日本のAI活用の低さにも如実に現れている。 世界中でChatGPTやClaudeが業務プロセスを根本から変えている中、日本企業の多くは「AIを試験的に導入しました」というプレスリリースを出して満足している。

AIチャットボットを導入しても、結局は従来のFAQを載せただけ。 画像認識AIを導入しても、人間の目視検査は残したまま。 なぜか?「AIは100%じゃないから」「最終的には人間の判断が必要」という言い訳で、既存の業務フローを温存する。

本来、AIは人間の仕事を置き換えるものではなく、仕事のやり方そのものを変革するツールだ。 しかし日本企業は、AIを既存業務の「お手伝いツール」程度にしか見ていない。 だから生産性も上がらないし、イノベーションも起きない。

SIerは「DX支援」「AI導入支援」と称して、結局は従来と同じ人月商売を続ける。 顧客企業は「DXに取り組んでいる」「AIを活用している」というアリバイ作りに満足する。 誰も本気で変わろうとはしない。

皮肉なことに、AIこそがレガシーシステムからの脱却を加速させる最強のツールになり得るのに、そのAIすら表面的にしか使えない。これが日本の現実だ。

むしろ加速する停滞という病理

この記事では、日本のIT業界に蔓延するレガシーシステム問題を通じて、この国の本質的な病理を浮き彫りにした。 25年前のシステムが今も稼働し、誰もそれを問題視しない。 6年前から警告されている「2025年の崖」に、誰も本気で向き合わない。

技術の問題ではない。 マインドセットの問題なのだ。 変化を恐れ、リスクを避け、現状維持を美徳とする文化。 そして何より、「今まで大丈夫だった」という呪文に縛られ続ける国民性。

しかし、これは単なるIT業界の問題ではない。 日本社会全体を覆う「ゆでガエル症候群」の一例に過ぎない。 警告は発せられ、解決策も示される。 しかし、誰も本気で耳を傾けない。 そして危機が現実になってから「想定外だった」と言い訳する。

このパターンは、IT業界以外でも繰り返されている。 なぜ日本は、同じ過ちを繰り返すのだろうか。 なぜ警告を聞かず、変化を拒み続けるのだろうか。

その答えは、もう一つの視点から見えてくる。

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