日本のIT産業は自分で自分の首を絞めた
35年間、日本のIT産業の構造は変わらなかった。変わったのは、状況が悪化する速度だけだ。
職場環境の惨状
IPAの調査が示す数字は残酷だ。困ったときに相談できる人が職場にいるSEの割合はわずか20%。米国は50%。同僚に恵まれていると感じている割合も、自分に合った仕事をしていると感じている割合も、調査対象国中で最下位だった。
原因は明確だ。工数ベースの契約が主流で生産性向上のインセンティブが働かない。多重下請け構造により下層の技術者ほど待遇が悪化する。専門的なスキルが必要な部門であるため一度配属されると異動が難しく、上昇志向の強い人材から敬遠される。経営者からはコスト部門とみなされ、社内での地位や発言力が低い。
これらが負のスパイラルを形成し、主体性を持って働ける環境が失われていく。個々の技術者の能力や意欲の問題ではない。産業構造と商慣行が、人材の質的劣化を構造的に生み出している。
リーマンショックが引き金を引いた
過去を振り返ると、2008年のリーマンショックを境に発注先の選定基準が劇的に変わった。それまでもオフショア開発は進行していたが、技術力が選定基準の柱だった。リーマンショック以降、コストが最優先になった。
その結果、何が起きたか。フルサイクルエンジニアやベテラン勢のような多能工が「コスト高」として排除された。徹底的な分業化が進み、安価な若手人材や外国人材に担当させることでコスト削減を図った。設計工程は省かれ、要件定義書から直接実装するという手抜きが「コスト削減」として定着した。
これがAI時代に必要な人材を殲滅するという、恐ろしい結果を招いている。AIはコードを書ける。しかし何を作るべきかを設計する能力、システム全体を俯瞰する力は人間に依存する。その人間を、業界自身が排除したのだ。日本のIT業界は、自分で自分の首を絞めた。
社会インフラを蝕む品質崩壊
東証システム障害は取引停止により市場機能を麻痺させた。コンビニ交付システムの障害は住民票の発行ができなくなり市民生活に影響を及ぼした。全銀システムの障害は銀行間取引に支障をきたし経済活動を混乱させた。
ITシステムは重要な社会インフラだ。しかし同じ社会インフラである建築や土木と比べて、品質管理があまりにも自由だ。建築や土木では品質管理の不備による事故の反省から法規制や資格制度が整備されてきた。システム開発にはそれがない。
「きれいなコードを書ける人材は少数で高コスト」という現実の前で、多くの企業が「動けばいい」という判断をする。営業部門や経営陣にはコードの品質が見えない。この構造が、社会インフラの品質を蝕んでいる。
解決策の一つは、AIを活用してコード品質を数値化し、その数値を納品基準として導入することだ。基準に満たないコードにはリファクタリングを義務付ける。営業部門や経営陣にもコードの品質が可視化されれば、低品質なコードは受け入れられなくなり、品質向上への投資が進む。技術は既にそれを可能にしている。問題は、業界がそれを導入する意思を持つかどうかだ。
茹でガエルの末路
私が知る限り、35年前から業界構造は変わっていない。今の構造を改めないと先がないと知りつつ、業界も大企業も変わろうとしない。英語でのコミュニケーション能力が必要なら語学力を身につけさせるべきところ、「ブリッジSE」という日本特有の職種を作り出してその場しのぎに終始する。問題の本質から目を背け続けている。
若い世代に伝えたいのは、日本のIT産業に依存しないキャリアパスを真剣に考えてほしいということだ。グローバルな視点で語学や技術を学び、国際的な競争力を身につけること。それが、茹でガエルにならないための唯一の道だ。